姿勢矯正プリズム小史

ピエール=マリー・ガジェ

 姿勢矯正プリズムの歴史を語ることはさほど難しいことではない。というのも、それはほぼ一世紀の間、ヨーロッパのみにおいて展開したからである。現在、姿勢矯正プリズムを処方するすべての医療従事者はその恩恵を受けているおり、彼らの手によってこの歴史がさらに発展させられていくことは疑う余地のないところである。

 動物の目の前に置いたプリズムによって、当時の用語で言えば「平衡」に干渉することの可能性を最初に示したのは、ロシア人医師でサンクト・ペテルスブルグ軍事アカデミーの生理学教授、イリヤ・ファデーヴィッチ・ツィオン(自ら好んでいたフランス語風の表記では、エリー・ド・シオン)であった(E. de Cyon, 1911)。

 めまいに苦しむ患者の治療に、軽度のプリズムをはじめて用いたのは、オランダの耳鼻咽喉科医師、G. P. ウテーメーレンである(Utermohlen, 1947)。彼はプリズムの基底方向を0度ないし180度にしている。
 フランスの眼科医ジャン=ベルナール・バロンは、ウテーメーレンの手法を取り入れ(Baron, Fowler, 1952)、眼球運動の驚くべき側面を明らかにした。眼球のごくわずかな偏差は、大きな偏差よりも姿勢により重大な変化をもたらすということである(1952, Baron)。バロンはときおりプリズムの基部を55度あるいは125度にしていた。
 ポルトガルのオルランド・アルベス・ダ・シルバは1980年代、ダ・クンハと共に、五つの類型カテゴリーに応じてわずかな時間で最適なプリズム基部の角度を決める姿勢医学的分類法を提案しており、それはガブリエル・エリーによって非常に詳しい説明と共に紹介されている(Da Cunha, Alves da Silva, 1986 ; Elie, 2003)。

 パリの眼科医クローディー・マルッチは、1985年ごろこのリスボン学派に加わった。彼女の帰国ともにわれわれは共同作業を行い、彼らの手法がバロンのものよりも優れていることを確認すると同時に、それが常にうまくいくわけではないこと、これら五つの類型カテゴリーが全ての症例に当てはまるわけではおそらくないことを確認した。そのため、われわれは眼筋運動のもつすべての選択的方向へと研究対象を広げることとなった。結果、「経路間の法則(Low of the Canals)」を発見することになったが、これはダ・シルバとバロンの業績を一般化したものに他ならない。しかしながら、プリズムの基底の最適な角度を決めるわれわれの臨床検査技術は、リスボン学派の簡単な方法よりもはるかに複雑なものであり、とくに眼科医や専門外の医師の診察室にはとても置けないような装置を必要とする。この技術は、必要な条件を満たしたうえで十分に時間をかけて行えば、大変優れたものであり、その遺産を継いでいるからには当然であるが、先行した他のさまざまな技術と比べてよりよい結果を出す。プリズムを処方するための、日常の手早い姿勢医学の診察の場においてすら、この方法の正当性は証明されている。なぜなら「経路間の法則」によれば、それが最適なものではないにせよ、二回に一度は正しい基底角度を処方することができるからだ。よって、他の観点からリスボン学派の簡易的な診察を正当化しようとすることは無駄である。

 クローディー・マルッチおよびその同僚の視能訓練士たちは、「指向性暗点」という概念に突き当たり、当惑した。これはシノプトフォア(大型弱視鏡)検査以外では決して明らかにされなかったものである。ところがご存知のとおりこの器械は、視野ではなく、眼位の検査のために作られたものである。マルッチたちは、シノプトフォアによった「指向性暗点」の長期間の研究を通じて、むき運動(両眼同方向運動)のさまざまな位置における眼球運動の平衡の推移、というところまでダ・シルバは手をかけていたということを確信した。このことは「眼球回転運動の連携性」についての一連の厳密な研究において確認されている(Marucchi, 1987 ; Calage et al., 1994 ; Coupin & L思y, 2002 ; Marucchi & Zamfiresco, 2004 ; Zamfiresco et al., 1995)。われわれはこの謎めいた「指向性暗点」が何であるのかを知らないままであるが、むき運動時における眼球運動の不均衡の悪化が存在することを証明しており、このことはシノプトフォアで観察された現象を理解するのに役立ち得るものである。よって、シノプトフォアを使用しないことが我々パリ学派とリスボン学派の唯一の実際上の違いである。そしてこの違いは姿勢矯正プリズム自体には関わらず、その処方のみに関わることである。

(翻訳 下田隆之)

書誌

Baron J.B. (1955) Muscles moteurs oculaires, attitude et comportement locomoteur des vertébrés. Thèse de Sciences, Paris, 158 pages,.

Baron J.B., Fowler E. (1952) Prismatic lenses for vertigo and some experimental background of the role of the extrinsic ocular muscles in desequilibrium. Trans. Am. Acad. Ophthal. Oto-laryngol., 56, 916-926.

Calage V., Weber B., Marucchi C. (1994) Variabilité de la coordimétrie de version chez l’adulte sain. Rev. d’ONO, 28, 19-20.

Coupin I., Lévy M. (2002) La coordimétrie de version objective cliniquement l’inhibition de l’oculomotricité due aux malocclusions. Huitiéme journées de posturologie clinique, Bruxelles, 6-7 décembre 2002,

Cyon E. de (1911) L’oreille organe d’orientation dans le temps et dans l’espace. Alcan (Paris), 298 pages.

Da Cunha Martins H, Alves da Silva O. (1986) Disturbances of binocular function in the postural deficiency syndrome. Agressologie, 27(1):63-7,

Elie G. (2003) Le système proprioceptif, pour mieux le comprendre. [http://pmgagey.club.fr/Lisbonne.htm]

Gagey P.M. (1988) La loi des canaux. Agressologie, 29, 691-692,. Ou http://pmgagey.club.fr/LoiCanaux.htm

Marucchi C. (1987) Coordimétrie de version, complément du bilan postural. Agressologie, 28, 949-952,

Marucchi C., Zamfiresco F. (2004) Vision et posture. In P.M. Gagey & B. Weber (Eds) Posturologie. Régulation et dérèglements de la station debout. Masson, Paris, 128-134

Utermöhlen G.P. (1947) De prismatherapie getoest aan 160 lijders aan het syndroom van Ménière. Ned. Tijdschr. Geneeskd., 91: 124-126.

Zamfiresco F., Weber B., Marucchi C., Habif M., Coupin I. (1995) Un coordimètre adapté à l’examen posturologique. In PM Gagey & B Weber (Eds) Entrées du système postural fin, Masson, Paris, 25-32.

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